日本のM&A件数の推移M&Aは、事業継承や人材確保のための手段としてはもちろんですが、競争優位性を獲得するための成長戦略としても重要な手段の一つです。実際、M&Aの件数は近年増加傾向で推移しています(2024年度版中小企業白書)。下図からもわかるように、コロナの影響で2020年に一時落ち込んではいますが、2011年ころからからM&A件数が増加傾向にあることがわかります。製造業とのM&Aに見る卸売業の戦略転換:シナジー重視の経営再編が進む背景と実務の視点卸売業界でもM&A(企業の合併・買収)の動きが活発化しています。特に注目されるのが、製造業の買収が増えている点です。2024年版『中小企業白書』によれば、卸売業がM&Aを行う際に買収対象として選ぶ業種のうち、製造業の割合は21.5%に達しており、卸売業の戦略転換としての傾向が見て取れます。本記事では、卸売業によるM&Aの傾向と、その中で製造業を対象とする背景やメリット、実務上の留意点について詳しく解説します。卸売業は異業種とのM&Aが多いこちらは、各業種ごとの同業種・異業種のM&Aの割合を示したデータです(2024年版『中小企業白書』)。これを見ると、卸売業が同業種とM&Aを行っている割合が、他業種と比べて最も低いことがわかります。つまり、卸売業はM&Aを行う際に、他業種との連携に積極的であることを示しています。この特徴は、卸売業が持つ「商流を結ぶ」機能の特性や、他業種との間でシナジーを生み出すことができる柔軟性の高さを反映しているとも考えられます。M&Aにおける業種の組み合わせと効果:卸売業が注目する製造業すべての業種においてM&A時に買手企業が「自社事業に最もプラス効果を及ぼした」と感じた業種の組み合わせとして、最も割合が高かったのは同業他社(つまり卸売業)の買収でした。これは、既存事業の拡大や顧客基盤の拡張といった直接的な効果が得やすいためだと思われます。しかし注目すべきは、卸売業が買手の場合、2番目に高い効果を得た買収対象が製造業(21.5%)である点です。これは、卸売業にとって製造業との異業種間M&Aが単なる事業拡大ではなく、戦略的な経営再編につながる可能性を秘めていることを示しています。特に、他業種のM&Aにおいて2位の割合がここまで高いのは稀であり、宿泊業による飲食業の買収(17.1%)を上回っています。なぜ卸売業は製造業を買収するのか?:背景にある経営課題差別化の強化卸売業は中間流通としての役割を担いながら、激化する価格競争の中で差別化の難しさに直面しています。製造業を買収し、自社にその機能を取り込むことで、独自商品やPB(プライベートブランド)の展開が可能となり、価格競争を回避しつつブランド力が強化されるという効果があります。顧客ニーズの製造現場へのフィードバック日々顧客と接する卸売業は市場ニーズを的確に把握しており、それが卸売業の強みでもあります。この顧客ニーズを製造現場に直接伝える体制を構築すれば、需要に即した製品開発が可能になり、製造業が有する技術力やノウハウを自社に取り込むことで、卸売業の商品知識や提案力がさらに向上することになります。販売データに基づく生産計画により、欠品リスクや在庫ロスの削減にも寄与しますので、製造業においても卸売業と合併するメリットが大きいものと考えられます。M&Aの効果では、M&Aは経営にどのような効果があるのでしょうか?M&Aを実施した企業と実施していない企業を比較したとき、M&Aを実施した企業は売上・経常利益ともに変化率が高くなっていることが見受けられます。調査対象の企業数が極端に違いますのであくまで参考程度とはなりますが、M&Aを実施することで、売上高のみではなく、収益を向上できる可能性が示唆されているのです。異業種との合併の満足度卸売業にとって製造業との合併は事業シナジーが高く、よい効果が期待できます。しかし、異なる組織能力・文化を統合することは簡単ではなさそうです。下図はM&Aの満足度についての調査結果です。買手側の企業((1)他社事業の譲受・買収)においては、同業種を買収した時よりも、異業種を買収したときのほうが満足度(満足+やや満足)のポイントは低くなっています。異業種となれば、事業内容が異なりますので、経営者の皆様にとってもこの難しさは想像できるのではないでしょうか。卸売業の未来に向けて:M&Aの視点から製造業の買収は、単なる業務拡大にとどまらず、卸売業の事業モデルそのものを変革する手段となり得ます。近年では、D2C(Direct to Consumer)モデルや自社ブランドによるEC販売の拡大により、製品開発力とそのスピードが重視されています。卸売業による製造業の買収が進む背景には、差別化の難しさ、供給安定性の確保、など、さまざまな経営課題があります。これらに対応する手段として、M&Aは有効な選択肢となっています。また、M&Aによって得られた新たな機能や資源を活用し、企業としての持続的成長を実現するためには、買収後の統合プロセス(PMI)も非常に重要です。企業文化の違いや組織運営のギャップを乗り越え、効果的なシナジーを生み出すためには、現場の理解と丁寧な対応が欠かせません。まとめ本記事では、日本全体のM&A件数の推移から、卸売業における製造業とのM&Aの実態、異業種M&Aの割合、さらにはM&Aの効果と満足度に関するデータまで広く紹介しました。卸売業が直面する差別化の難しさ、供給網の安定確保、技術力の強化といった課題に対して、製造業とのM&Aは極めて有効な手段となり得ます。もちろん、異業種間M&Aには文化や業務体制の違いからくる統合の難しさがあります。満足度の調査結果からも、同業種M&Aと比べると異業種M&Aの方が課題は多いといえるでしょう。しかし、変化の激しい市場環境下で生き残り、競争優位性を確保するためには、こうしたリスクを踏まえたうえでの挑戦が不可欠です。製造業とのM&Aは、卸売業にとって今後の成長と持続可能性を左右する戦略の一つであることは間違いありません。自社の強みと課題を見極め、明確なビジョンと統合計画を持ってM&Aを検討することが、次世代の経営戦略として求められているといえるでしょう。