卸売業界では、販売管理システムの導入に数千万円かかることが珍しくありません。特に問題なのは、製造業とほぼ同じシステムを使うのに、卸売業の方が圧倒的に利益率が低いという点です。売上10億円の卸売業でも、システム導入のために銀行からお金を借りなければならない理由を、分かりやすく説明します。1. 利益率の大きな差:製造業4%対卸売業1%まず、製造業と卸売業の利益率の違いを見てみましょう。経済産業省の商工業実態基本調査によると、製造業の営業利益率は平均4.0%です。一方、卸売業の営業利益率は平均1.1%となっています(参考:経済産業省「商工業実態基本調査」売上高営業利益率)この差は何を意味するのでしょうか。売上10億円の会社で比較すると、製造業では4,000万円の営業利益があるのに対し、卸売業では1,100万円の営業利益しかありません。同じ金額のシステム投資をした場合、卸売業の負担は製造業の約4倍重くなるということです。2. システムの機能はほとんど同じ製造業と卸売業の販売管理システムは、実は中身がとても似ています。製造業では、生産計画や在庫管理、注文処理、お客さん管理などを一つにまとめて管理します。販売データを見ながら生産量を調整したり、在庫を適切に管理したりする必要があります。その一方、卸売業では、複数の取引先から多くの商品を仕入れて、在庫を適切に管理することが重要です。お客さんごとの取引履歴を管理して、大量の注文を効率よく処理する必要があります。このように、製造業と卸売業ではやっていることは違いますが、大量の顧客の注文を管理するという点においてシステムに求める機能はとても似ているのです。そのため、システム会社は製造業向けに作ったシステムを卸売業にも売ることができます。しかし、価格は両方とも同じくらい高額に設定されています。3. IT投資の負担感:卸売業にとって販売管理システム投資は負担が大きい一般的に、日本の会社のIT投資は売上高の約1%が目安とされています。一般社団法人日本情報システム・ユーザー協会(JUAS)の企業IT動向調査報告書2022によると、日本企業の2021年度の売上高IT予算比率のトリム平均値は1.15%です(参考:JUAS「企業IT動向調査報告書2022)しかし、販売管理システムの導入費用は先ほどご説明したとおり業界に関係なく高額です。一から作ると2,000~3,000万円程度かかります。売上10億円の卸売業が2,600万円のシステム投資をする場合を考えてみましょう。このシステム投資は売上に対しては2.6%の投資になります。つまり、営業利益1,100万円に対しては236.3%という非常に重い負担になります。一方、製造業なら営業利益4,000万円に対して65%の投資なので、自己資本で投資できる範囲となります。(一般的な販売管理システムのお見積書)4. 卸売業特有の複雑な要求がコストを押し上げる卸売業のシステムが高額になる理由には、業界特有の複雑な要求があります。卸売業では、得意先よって価格を変えたり、割引率を調整したりすることが日常的に行われています。また、市場の変化に合わせて素早く価格を変更する必要もあります。具体的には、基本価格、まとめ買い割引、得意先別割引、時期別価格設定など、製造業では必要ない機能を作り込む必要があります。さらに、卸売業では取引先の数も扱う商品の種類も多いため、仕入れ管理や在庫の振り分け、素早い出荷などを正確に行うシステムが必要です。これらの要求により、標準的なパッケージソフトでは対応できない部分が多く、カスタマイズ費用が膨らんでしまいます。パッケージソフトを使う場合でも、多くは製造業向けに作られているため、卸売業で使うにはカスタマイズが必要になります。このカスタマイズ作業は1人日あたり6万円から8万円程の費用がかかり、数か月にわたって作業が続くことが一般的です。その結果、最終的な投資額は2,000万円から3,000万円にかさむ可能性が高くなります。5. 銀行借入が必要になる投資規模売上10億円規模の卸売業の現実的な状況を考えてみましょう。営業利益1,100万円から法人税等や内部留保を差し引くと、設備投資に充当できる資金は限られています。さらに、卸売業では運転資金の確保も重要な課題です。売掛金の回収と買掛金の支払いサイクル、在庫投資などにより、営業利益以上のキャッシュが必要になることも珍しくありません。実際のキャッシュフローを考慮すると、2,000万円から3,000万円のシステム投資は、営業利益の2倍から3倍近い金額となり、自己資金のみでは対応が極めて困難な金額です。製造業であれば営業利益4,000万円があるため、自己資金による投資余力があります。しかし卸売業では、銀行借入による資金調達が現実的な選択肢となることが多いのです。これにより、システム導入による金利負担も発生し、実質的な投資コストはさらに増加してしまいます。まとめ:業界全体の仕組みを変える必要性卸売業の販売管理システムが高額になる問題は、単にシステムの値段が高いという問題ではありません。業界の仕組みに根ざした深刻な課題です。製造業と似たようなシステムが必要なのに、営業利益率で4倍近い差があるため、卸売業のITへの投資負担の方が相対的に大きいという現実は、卸売業界の競争力強化における大きな障害になっています。さらに、売上10億円規模の会社でも銀行からお金を借りなければならない投資になってしまう現状は、業界全体のデジタル化を妨げて、将来的な競争力低下も招く恐れがあります。システム会社には卸売業の支払い能力を考えた価格戦略の見直しが、政策面では卸売業界向けのIT投資支援策の充実が求められます。卸売業界自体も、システム投資の効果を最大化するための業務改革と、段階的導入による投資負担の分散を通じて、この課題への対応を図る必要があります。デジタル化が避けられない時代において、投資負担と競争力維持のバランスを取る戦略的なアプローチが、業界全体の持続的な発展に欠かせません。