日本の流通構造を形作る卸売業の存在感日本のサプライチェーンを縁の下で支える卸売業は、製造業者(メーカー)と小売業者(商店やレストラン)をスムーズに繋ぐ重要な役割を担っています。消費者の目には触れにくい存在ですが、企業数約35万社(348,889)、約386万人(3,856,785人)もの雇用を生み出す卸売業は、日本経済の血液とも言える存在なのです。2023年の卸売業の市場規模は431兆円に達し、日本経済の中で圧倒的な存在感を示しています。特に「問屋(とんや)」と呼ばれる日本の卸売業者は、江戸時代後期から町人の生活を描く時代小説にも登場するほど、歴史的・文化的にも深く根付いた存在です。(参照:令和 3 年経済センサス‐活動調査産業別集計(卸売業,小売業に関する集計))日本の卸売業が注目されるのは、その独特の複雑さと精緻さにあります。欧米では上位10社の小売業者が市場シェアの60~70%を占めるのに対し、日本では上位10社でもわずか20%未満だと言われています。この構造は、日本に小規模小売業者が圧倒的に多いことを示しています。「多段階卸売システム」が支える日本の豊かな品揃え日本は限られた店舗スペースに驚くほど多様な商品が陳列されています。この「多品種少量」という日本特有の商品展開は、卸売業者の存在なしには成立しません。日本の卸売構造は一次卸、二次卸、時には三次卸という複数の段階で構成されており、この「多段階卸売システム」こそが、日本の流通の特徴なのです。例えば、食品・飲料業界では、レストランやバー、ホテルは通常、小ロット配送サービスを提供する二次卸と取引しています(街中で小さいトラックが走っているのをお見かけすると思います)。これは日本の小売業者の大多数が小規模で、小ロットでの購買活動を行っているためです。一次卸だけではこのサプライチェーンシステム全体をカバーできず、二次卸や三次卸が小ロットの商品取扱いを担当しているのです。卸売業が担う3つの重要機能1. 再包装機能:小ロット配送の実現業務用スーパーに行くと、大きなサイズで小麦粉やお肉などを仕入れることが出来ると思いますが、実際には卸売業はさらに大きなロットで仕入れを行い、小分けしたうえで、業務用に配布をしています。イメージは付きづらいかもしれませんが、業務用は卸売業が最適化したサイズであり、されに大きなロットで仕入れを行っているのですこの再包装機能により、限られた売場面積しか持たない日本の小売業者でも、多種多様な商品を効率的に仕入れることができるのです。これは特に、常に多様な品揃えを期待する日本の消費者ニーズに応えるために不可欠な機能です。2. 決済機能:事務負担の軽減小売業者は、多数の異なるメーカーから商品を購入しても、配送を担当する卸売業者が発行する一つの請求書のみを受け取ればよいという利点があります。これにより、小規模小売業者の文書処理や支払いに関する業務負担が大幅に軽減されます。メーカーや輸入業者も卸売業者の決済機能の恩恵を受けています。多数の小規模小売業者との取引を望む場合、全体的な与信管理の作業は非常に複雑になり得ます。卸売業者は再包装の作業だけでなく、代金回収も担当します。これにより、小規模小売業者からの支払い遅延を心配する必要がなくなります。3. 情報ハブ機能:市場知識の提供卸売業は多数の小売、メーカーとやり取りをしているため情報の交差点としても機能しております。営業マンはどのようにすれば商品がより魅力的に映り、販売できるのかを考えているので、小売の棚づくりのサポートなどもしています。また、訪問の中でお困りごとや、商品の要望などを聞きメーカーを探したり、商社を探したり、ときにはメーカーへ商品制作の依頼をしたりしています。 小売店は様々な業界の最新トレンドや売れ筋商品を把握するのは難しいですが、卸売業者は日々多くの取引先から情報を集めているため、「この商品が今売れています」「この陳列方法が効果的です」といったアドバイスができます。特に中小の小売店にとって、こうした情報提供は非常に価値があり、卸売業者は単なる物流の担い手以上の存在なのです。受注入力業務の複雑さが示す卸売業の重要性卸売業者の日常業務の中でも特に受注入力業務は、その複雑さゆえに日本の流通構造の特殊性を象徴しています。多様な取引先からの様々な形式(FAX、電話、LINE、EC、Webからのお問い合わせなど)による発注を一元管理し、膨大な商品マスタを維持しながら、在庫確認、配送条件の調整、欠品対応などを同時に行わなければなりません。この複雑な受注入力業務を支えているのは、長年の経験を持つ熟練者の暗黙知や経験則です。アナログとデジタルが混在する過渡期においても、卸売業者はその専門性を活かして、円滑な商品流通を実現しているのです。変化する市場環境の中での卸売業の未来人口減少やEC市場の台頭、小売業の大型化などにより、日本の流通構造も少しずつ変化しています。しかし、「多品種少量」という日本の商習慣と消費者嗜好が根本的に変わらない限り、卸売業の存在意義は今後も揺るぎないものでしょう。むしろ今後は、単なる「モノの流通」だけでなく、情報提供やマーケティング支援、金融機能の提供など、高付加価値なサービスを展開する「機能型卸売業」への転換が進むことで、日本の中小企業の競争力強化にも一役買っていくことでしょう。まとめよく「インターネットの発達やEC取引の拡大によって卸売業はなくなるのではないか」という議論がなされますが、結論として日本の卸売業は今後も非常に重要な役割を担い続けると思います。多品種少量の独自の流通構造、小規模事業者の多さ、決済や情報提供といった複合的な機能を考えると、むしろその存在意義はさらに進化していくと考えられます。卸売業者自身がデジタル化やサービスの高付加価値化を進めることで、日本の流通構造の中で欠かすことのできない存在であり続けるのです。